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壽丸屋敷の歴史
壽丸屋敷は、店蔵が明治中期ごろ、母屋・金庫蔵が大正12年、門が明治の終わり、もしくは大正初期につくられ、のちに修復されました。建築の形式は、店蔵、書院座敷、居室部、金庫蔵から成り立っており、長岡造形大学教授 宮沢智士先生の書かれた特長には・・・。
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この店及び住居の構えは、江戸東京文化圏に属する豪商に見られる形態である。土蔵造りの店蔵と、洋館の応接室をもつ和風の居室部からなり、さらに書院座敷をともなっているところに特徴がある。良質の材料を用い、その細工、施工もすぐれている。市街地の中心に立地する豪商として、その屋敷構えをよく保っている例はほかに多く見ないところであって、極めて高い価値があり貴重な文化遺産である。市街の中心に位置するという立地条件は、この敷地、建物をより良い保存、有効な活用をすることによって、町の発展に寄与する大きな可能性を持っている。
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と、高い評価をいただきました。

屋号「壽丸」の由来について。
渡辺家の家紋は『マルにミツマル』(※図1参照)です。マル三つに外側の丸を加えて四丸(スマル)となり、このスマルから壽に丸となって丸に壽(※図2参照)という屋号が生まれたと思われます。明治以降のことと考えられています。
明治40年代の写真には、商標として店蔵の屋根看板に丸に壽(※図2参照)の屋号が見られます。
※図1 ※図2

業種について。
紙問屋(白石和紙)、太物屋、雑貨販売、味噌醤油醸造、不動産業など。

壽丸屋敷は持主であった豪商・渡辺様より白石市にご寄贈いただいたものを、 2003年6月より、白石まちづくり株式会社が管理・運営をさせていただいております。

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